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心療内科・精神科・一般内科
宮木医院リオムメンタルクリニック
〒536-0022
大阪府大阪市城東区永田4-8-10
TEL:06-6180-4111

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電話受付は開院日の診療時間帯のみで、混雑のため繋がりにくくなることがありますことをご了承願います。

院長紹介

ご挨拶

挨拶

世界保健機関WHOの定義によると、メンタルヘルス(精神的健康)とは単に精神疾患でない状態を意味するのではなく、各自が自分の能力を発揮でき、日常のストレスに対処でき、生産性が高い状態で働けて、コミュニティに貢献できる良い状態を意味します。
学校や職場での不適応やうつ、睡眠障害(不眠症)、発達障害、依存症などの問題を薬物療法だけに頼らず「社会的処方」を意識し、良い状態で生活や仕事ができるお手伝いができればと思っています。

当事者ご本人の受診はもちろん、当事者を支えるキーパーソンとしてのご家族のメンタルヘルス維持は重要ですので、ご家族だけの受診やカウンセリングもお受けしますので、遠慮なくご相談ください。

学校への行きづらさ(生きづらさ)や学業不振、不登校、職場のメンタルヘルス、依存症再発予防について、複数のカウンセラーら(いずれも公認心理師の国家資格保有)とともに重点的に取り組んでいます。
(ただし当院は診療体制の充実した公的医療機関ではなく、対応できる検査や疾患は限られるため、専門性から外れる場合や相談内容・患者さんの重症度によっては治療をお受けできないこともありますので、あらかじめご了承ください)

経歴

  • 昭和49年大阪市生まれ
  • 神戸の灘中学・灘高等学校を経て平成12年 慶應義塾大学医学部卒。
  • 平成17年 同大医学部にて医学博士号を取得後、京都大学医学部 講師、北里大学医学部 准教授、国際医療福祉大学医学部 教授、名古屋大学予防早期医療創成センター客員教授、京都大学大学院環境健康科学論分野 客員教授、東京大学公共政策大学院 特任教授を経て、現在は産業精神保健研究機構RIOMH 代表理事・教授、東京大学公共政策大学院 シニアリサーチフェロー、北陸先端科学技術大学院大学JAIST教授。

発達障害を職場でささえる(東京大学出版会)、働きやすい職場づくりのヒント(金剛出版)、社会と健康(東京大学出版会)など、著書や論文多数。
大学の校医(東洋大学)、企業の産業医(GSユアサ、ヤフー、MUFGなど)として学生や働く人のメンタルヘルスに長年従事し、障害の有無によらず本来の力を発揮できるような実践的活動を心がけています。

所属学会・専門医

  • 日本内科学会 正会員
  • 日本精神神経学会 正会員
    平成25年12月 専門医研修修了
  • 日本小児精神神経学会 正会員
  • 日本産業精神保健学会 代議員
    日本産業衛生学会 産業疫学研究会世話人
  • 愛犬飼育管理士
  • 関西棋院 囲碁四段
  • 大阪府保険医(心療内科・精神科・内科)
  • 大阪大学医学部 精神医学教室同窓会(和風会)会員
  • 東京大学公共政策大学院 シニアリサーチフェロー・医学博士
  • 東京中央医師協同組合員
  • 全国医師協同組合連合会会員
  • 日本医師会 認定産業医

代表的な著書

発達障害を職場でささえる

発達障害を職場でささえる
東京大学出版会

全員の本領発揮を目指すプレゼンティーズムという視点

宮木 幸一 著

詳しくはコチラ>>

書籍紹介


医療コラム

ネガティブ・ケイパビリティの実践

「意味ある偶然」とどう向き合うか ― ユングの共時性Synchronicity論からの臨床的考察

 診療の中で、患者さんから「不思議な偶然があったんです」というお話を伺うことが、時折あります。故人が好きだった鳥が窓辺に来たとか、ふと考えていたことと同じ話を誰かがしていたとか、そうした出来事に強い意味を感じ、心を動かされる方は少なくありません。私自身、保護犬を含めて何頭かの犬と暮らしてきましたが、散歩の途中でふと立ち止まった瞬間に、探していた答えのようなものにすっと気づかされる、という経験を何度かしてきました。こうした「意味ある偶然」は、科学的に厳密な検証には耐えにくい現象ではあるものの、単なる思い込みとして切り捨ててしまうにはもったいない、その方らしい気づきの種が隠れていることも少なくありません。今回はこの現象について、心理学者ユングが提唱した「共時性(シンクロニシティ)」という考え方を手がかりに、その理論的な背景と限界、そして臨床の場でどのように向き合っていくべきかを、少し丁寧に考えてみたいと思います。

共時性という考え方が生まれた背景

 共時性という概念は、深層心理学と量子力学という、本来まったく異なる領域を架橋しようとした試みの中から生まれました。ユングはノーベル物理学賞を受賞した物理学者ヴォルフガング・パウリと長年にわたって書簡を交わし、その対話の成果は1952年に『自然現象と心の構造(Naturerklärung und Psyche)』という論文集にまとめられています[1]。その理論構築の核となったのが、ある患者さんが黄金虫(スカラベ)の夢を語っていた最中に、実際にバラコガネムシが診察室に飛来したという臨床例です。ユングはこの出来事を単なる偶然ではなく、患者さんにとって主観的に極めて「意味深い」符合として受け止めました[2]。

共時性の定義と三つの現れ方

 ユングは共時性を「因果関係はないが、意味の上で結びついた二つ以上の出来事の生起」と定義し、そこに主観的な意味の一致が伴うことを要件としました。つまり単なる「同時性」ではなく、当事者にとって「意味」が一致していることが核心であり、ユングはこれを因果律と並ぶ「第三の説明原理」として位置づけようとしたのです[2]。現象としては、大きく三つの型に整理されています。狭義の共時性は、夢やイメージなど心的状態と、それに対応する外的出来事が同一時空間で生じる場合を指します。遠隔型は、知覚の及ばない場所で同時に起きている出来事との一致で、事後的にのみ確認できるものです。予知型は、心的状態が未来の出来事と対応する場合で、これも事後的な検証が必要となります。

元型とウヌス・ムンドゥスという理論的支柱

 ユング晩年の理論では、危機や深い喪失など強い感情を伴う状況で「元型」が活性化すると、共時性が生じやすくなると考えられました。この元型は純粋に心的なものではなく、心と物質のいずれにも還元できない境界的な性質(プシコイド性)を持つと仮定され、内と外を結ぶ橋渡しの役割を担うとされています。さらに錬金術に由来する「ウヌス・ムンドゥス(一者的世界)」という、心と物質が未分化な根源的統一性を想定し、共時性はその統一性が現象世界に顕れたものと解釈されました。

科学的な検証の試みと、その限界

 ユングは自説を単なる思弁で終わらせないよう、占星術統計、デューク大学のJ・B・ラインによるESP(超感覚的知覚)実験、易経の原理などを動員し、客観的な証拠を提示しようと試みました。しかし現代の視点から見直すと、これらの根拠にはいくつかの指摘が向けられています。一つは反証可能性の欠如です。ある出来事が「意味深い」かどうかの客観的基準がなく、カール・ポパーの科学哲学の基準に照らすと理論が反証しにくい形になっています。もう一つは確証バイアスとアポフェニアです。人は無関係なデータにもパターンを見出しやすく、「意味ある一致」だけを選んで記憶し、無数の不一致を忘れてしまう傾向があります。

 リトルウッドの奇跡の法則も参考になります。数学者ジョン・リトルウッドが提唱したこの考え方によれば、人が起きている時間に一秒あたり一つの出来事を経験すると仮定すると、一ヶ月ほどの期間で百万分の一という低確率の出来事に一度は遭遇する計算になり、こうした「奇跡」は統計的にはむしろ必然的に起こり得るとされています[3]。物理学の側からの評価も見ておく必要があります。量子論的な非決定性はミクロな統計現象であり、マクロな「意味ある偶然」を直接裏付けるものではなく、多くの物理学者はこれを詩的な比喩とみなしています。占星術統計についても、仮説に合うようサンプルが事後的に調整された疑いが指摘されており、ラインのESP実験も感覚的な手がかりの漏洩や選択的報告といった、この種の研究に共通する課題を残しています。これらの検証結果は、共時性を科学的な事実として証明する道が非常に険しいことを示していますが、だからといって体験そのものの持つ心理的な重みが失われるわけではありません。

「真理性」から「有用性」へ ― 臨床的な再評価

 こうした指摘を踏まえ、ユング派の中でも理論の位置づけを見直す動きがあります。マリー=ルイーゼ・フォン・フランツらは、共時性を実証すべき客観的事実としてではなく、体験する人がいかに意味を構成していくかという「意味生成のプロセス」として捉え直すことを提案しました。理論として科学的に正しいかどうかとは別に、その体験が患者さんの心の統合に役立つのであれば、臨床的な概念としての価値は保たれるという考え方です。治療者が解釈を押しつけるのではなく、患者さんご自身の意味の探求に寄り添う姿勢が大切にされています。

グリーフケアと実存的な意味づけへの応用

 この考え方は、実際の臨床場面ではグリーフケア(死別への支援)に応用されることがあります。故人が好きだった鳥が現れたり、特定の曲がよく流れたりといった「意味深い偶然」を、治療者が否定も肯定もせず、まずは丁寧に耳を傾けること。心理学者デニス・クラスらが提唱した「継続する絆(continuing bonds)」という考え方とも重なりますが、故人との心理的なつながりを保つことが適応的であるという理解のもとで、こうした偶然を絆の再構成の材料としてお手伝いすることができます[4]。

 私自身、2024年の能登半島地震の折から、被災地でのボランティア活動に継続的に関わらせていただいてきました。復興が思うように進まない土地で、それでも人と人が支え合い、時には思いがけない再会や巡り合わせに背中を押されながら前を向いていく方々の姿を、何度も目にしてきました。また、能登の食文化を多くの方に知っていただきたいという思いから、米と麹からだけからなる甘酒や麹調味料を紹介する小さな復興カフェのような場づくりにも携わっています。麹がゆっくりと時間をかけて甘みや旨みを引き出していく様子は、人の心の傷や意味づけも、すぐに答えが出るものではなく、じっくりと熟していくものなのだろうと、そうした活動の中で感じることが多くあります。

ロゴセラピー(意味中心療法)という視点

 進行がんの患者さんなど、人生の意味を見つめ直す過程においても、不思議な符合を人生の物語を編み直す手がかりとして扱う、ロゴセラピー(意味中心療法)の枠組みでの活用も報告されています。ロゴセラピーは、精神科医ヴィクトール・フランクルが創始した心理療法で、どのような苦境や逆境においても「自らの人生の意味」を見出すことによって、心の苦しみを和らげ、生きる力を引き出すことを目的としています[5]。この理論には三つの柱があるとされます。

 第一に「意味への意志」です。人間は本質的に、自分が生きる意味や目的を求める存在であるという理解が基盤にあります[5]。第二に「人生の意味」です。人生は常にその人固有の問いを投げかけており、何かを成し遂げること、誰かを深く愛すること、そして避けられない苦難にどう向き合うかという営みの中に、意味が見出されるとされます[5]。第三に「意志の自由」です。どんな環境や運命に置かれても、人間には、それに対してどう向き合い、どんな態度をとるかを選択する最後の自由が残されている、という考え方です[5]。

 この「意志の自由」という視点は、当院が診療の中で大切にしている「ネガティブ・ケイパビリティ(答えの出ない事態に耐える力)」という考え方とも通じるところがあるように感じています。すぐに答えの出ない苦難や不確かな状況の中にとどまり続けながら、そこにどのような態度で向き合うかを自分自身で選び取っていく。共時性という「意味ある偶然」への向き合い方も、こうしたロゴセラピーの視点に照らすと、答えを急いで決めつけるのではなく、その人自身が納得できる意味を、時間をかけて見出していく過程の一部として理解することができるのではないかと思います。

過酷な体験から生まれた、生きるための知恵

 ロゴセラピーという心理療法が持つ独特の説得力は、その誕生の背景と深く結びついています。創始者であるヴィクトール・フランクルは、精神科医として活躍していた最中にユダヤ人としてナチスの強制収容所に送られ、家族の多くを失うという、想像を絶する体験をされました[6]。ご自身の体験を綴った『夜と霧』の中で、フランクルは、極限状況の中でも人間らしさを保ち続けられた人々と、内面が崩れてしまった人々との違いは、その人が置かれた状況そのものではなく、その状況にどのような意味を見出せるかにあったと述べています[7]。この、命の危機と隣り合わせの経験の中から紡ぎ出された理論だからこそ、ロゴセラピーは人生の挫折や喪失感に直面する危機的な状況において、進むべき方向を示してくれる羅針盤のような役割を持ち得るのだと思います[8]。

フランクルが伝えた具体的な技法

 フランクルは、こうした理論を臨床の場で実際に使えるものにするため、いくつかの具体的な技法も提唱しています。ここでは、代表的な三つの技法をご紹介します。

 一つ目は「逆説的意図」という技法です。人は何かに失敗することを恐れるあまり、かえって緊張が高まり、その予期不安そのものが失敗を呼び込んでしまうことがあります。この技法では、あえて自分が恐れていることを「やってみよう」と意図することで、不安と自分との間に少し距離を置き、緊張をゆるめていきます。

 二つ目は「反省除去」という考え方です。「なぜ自分はこんなにダメなのだろう」というように、自分自身の欠点や不安にばかり意識が向いてしまうと、その不安がさらに強まってしまうことがあります。反省除去では、そうした自己への過剰な注目を、外の世界にある目的や、誰か他の人への貢献へと少しずつそらしていくことを目指します。

 三つ目は「ソクラテス的対話」です。カウンセラーが答えを一方的に教えるのではなく、対話を重ねる中で、相談者ご自身の中にすでに存在している「意味」に、ゆっくりと気づいていただけるよう促していく進め方です。これは、当院が診療の中で大切にしている、答えを急がずに患者さんご自身の言葉を待つという姿勢とも、とても近いものだと感じています。

 こうした技法は、いずれも人生の意味を外から与えるのではなく、その人自身の内側にすでにある力を、そっと引き出していくことを目指している点が共通しています。共時性という「意味ある偶然」に出会ったときも、それをどう受け止めるかは最終的にはその人自身の選択に委ねられるべきものであり、こうしたロゴセラピーの視点は、日々の診療における一つの心強い手がかりになっているように思います。

大切にしたい、慎重さ

 ただし、ここで一つ、臨床的にとても重要な留意点があります。無関係な事象に過剰な関連性を見出す体験(アポフェニー)は、統合失調症の発病初期にも見られる現象であり、共時性という枠組みを安易に用いることが、結果として妄想を強化してしまうリスクもあるのです。そのため、日常生活や社会機能が損なわれていないか、「単なる偶然かもしれない」と修正できる余地があるか、体験に伴う情動が肯定的で統合的なものか、それとも恐怖や切迫感を伴う侵入的なものかといった点を、丁寧に見極める必要があります。治療者が「これは共時性です」と安易にラベルを貼ることの危険性を常に念頭に置き、何よりも患者さんの現実検討能力をお守りすることを最優先に考えるべきだと思います。

おわりに

 共時性論は、科学の言葉だけで説明し切るには、まだ多くの課題を残した理論だと言えるでしょう。それでも、人がどのように人生の意味を見出し、出来事を自分の物語として編み直していくのかという視点に立つと、この理論には臨床の場で慎重に活かせる余地が確かにあるように思います。犬と散歩をしていて出会う何気ない景色や、能登の復興カフェで甘酒や麹調味料を手に土地の方々と語り合う時間の中にも、そうした「意味の巡り合わせ」を感じることがしばしばあります。不思議な偶然に出会ったとき、それを科学的な真偽だけで判断してしまう前に、その方にとってどのような意味を持つ出来事だったのかに、まず静かに耳を傾けてみる。そうした関わり方が、診療の中で患者さんの心に寄り添う一つの糸口になるのではないかと感じています。

参考文献

[1] Jung, C. G. & Pauli, W. (1952). Naturerklärung und Psyche: Synchronizität als ein Prinzip akausaler Zusammenhänge. Rascher Verlag.

[2] Jung, C. G. Synchronicity: An Acausal Connecting Principle. Wikipedia「Synchronicity」項目を参照。

[3] Littlewood's law. Wikipedia「Littlewood's law」項目を参照。

[4] Klass, D. (2023). Continuing Bonds in the Existential, Phenomenological, and Cultural Study of Grief: Prolegomena. OMEGA - Journal of Death and Dying.

[5] 今こそ、生きる意味を見出す力〜フランクル:ロゴセラピー. mh-mental.jp; ヴィクトール・フランクルとロゴセラピー. donmainet.com

[6] Frankl, V. E. 夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録. みすず書房。

[7] 夜と霧を読んで. hodanren.doc-net.or.jp

[8] アウシュビッツを生き抜いた精神科医の言葉「夜と霧」で考える. 東洋経済オンライン

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医院名
宮木医院リオムメンタルクリニック
院長
宮木 幸一
住所
〒536-0022
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心療内科・精神科・一般内科
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